じゃ行ってくるよ
靴をしっかりとはき揃えて吉野は玄関へとたった
あなた忘れ物
今日のスピーチちゃんと推敲して書いたもの、忘れるんですもの
あぁそうだったな
それからネクタイきちんと締めてくださいな
吉野は妻の遥に向かい
なんだかんだ言ってお互い落ち着いてしまったな
息子の馨ももうすぐ就職するし
いままでありがとう
そして・・・
私にはあなたのような人を動かすような人間にはなれない
でもついてこれてよかった
どうだろう、もしかしてとんでもなかったとか?
私は辛いことにも痛いことにも慣れっこです
あなたをずっと守り通してきたわ
そうだな今日は特別な日
自分を偽りもなく出してくるよ
吉野は
昔を思い出していた
20を超えた盛り
吉野はマイペースで自分のやりたいことを探そうと思ったが
平穏な毎日は待ってはいなかった
大学生当時は天才プログラマーとして一部の人間に認められた吉野を
放っておく企業はなかった
いろんな企業から誘いがあり
吉野は提示された条件を見るなりすぐさま突っぱねていた
自分思いの通り開発をさせてくれる企業はなかったのである
しかし派手な企業は現れた
もし売れたのなら年俸一億はと豪語する企業だ
吉野は自分の理想を軍門におろし
金のために生きることを選択した
吉野が携わったプロジェクトは
大きかった
分野ごとに何セクションも用意されており何でも屋だった吉野も
専門的な開発の一部分だった
それでも吉野は結果を出した
大ヒットを会社は飛ばし一億とはいかなくてもいい給料を貰った
しかし捨てたはずの自分の理想はますます陰で膨らみ
吉野は葛藤のあまりか
夜は酒にひた走るようになった
寂しさもそれに付随してきた
人はたくさんよってくるのになぜか寂しい
自分が得た金はなぜか紙くずのように散っていた
何に使ったか分からないくらい自分の埋め合わせをしていた
夜歓楽街の店で吉野はまた独り飲んでいた
また会社の犬になればいい
明日になればまた忘れて仕事ができる
ねぇ
ねぇってばあそこにあなた財布忘れたでしょ
突然服装は派手だがもの悲しい顔をした女が俺の後をついてきていた
あぁたしかにそれは俺の財布だ
でしょ
うっかりしてるわあなたほんと
お礼がしたい今度そこの店で飲まないか?俺は・・・
それ以上は言わないで
今日は楽しませて貰うわ
女は遠慮はなかったが
笑顔がまぶしすぎるほどきれいだった
笑い声も店の中では隅まで届くくらい無邪気だった
それから俺は歓楽街に行くたび
女と待ち合わせをして散々すぎるほど
遊びほうけた
名前を聞くたびに教えてくれはしなかった
でもあなた寂しそう
笑ってるときでも女は俺の顔を放さなかった
私のこと都合のいい女でもいいよ
でも幸せにはなってほしい
女はまるで俺の全てを見透かすように涙をこぼした
あなたが失ったもの全てを私で代替するよ
俺は思い返した学生時代の頃
好きな女だった 沙織
当時は無我夢中でお互い歩み寄るゆとりもなかった
いずれ近くにいるだろうと楽観的だった
自分を大切にしてくれてることが頭になかった
そうだ
俺は沙織を失ったんだ
認めたくなかった
確かに自分のやりたいことを守るために犠牲にした
しかし今ある自分はそれすらも投げてしまった
時間と金で人生はできていると勘違いをしていた
理想を失った瞬間一気に自分は老いてしまった
情熱を取り戻したい
おもしろいことを真剣に突き詰めていたあの頃に
駄目よ
え?
あなたは今の会社があってこそ生きてるの
女は相談に乗ってくれるが
あなたのその寂しさにおびえてる姿がすき
人一倍強がりででも脆くて
あぁひつようなものがあったら何でも言いな
仕方がなかった
人をもののように捉えていた自分を見透かされていたようで
女は散々俺の元で金を使い
才能が枯渇した30代をめどに消えていった
聞けば財布のことも泥酔した俺から抜き取って後からついてきたという話だ
何のことはない出会いとは偶然ではない
もうここで俺の人生は終わったと思っていた
静かにただ静かに終わりをまとうとした
第三部へ
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