2010年6月16日水曜日

プロローグ

ある女はカートを押していた
中にはまん丸とした赤ん坊が一人

中で
どんなことがあっても母親の方を向かなかった
ただ一点
前を見つめて

おしゃぶりを半ば強制的につけられた姿は
何かに向かい何かを得るために今は進むしかなかった


赤ん坊は孤独だった

ちょうど買い物の時間になると母親はカートをいつものように忙しく押す

これが欲しいのね
欲しいと今言ったわね

赤ん坊の有無を聞かずに母親は買い物を続けていた


赤ん坊の複雑な感情は時に現象として現れた
頼んでもないような吉報が届いたり
人選に恵まれたり
くじ運にもギャンブル運にも恵まれたり

ただそういうことは彼女にとっておまけに過ぎなかった
生きることそれはこの赤ん坊を守り通すこと


ちょっと

そう言われたのは通りでのこと
ひどい剣幕で因縁を路上でふっかけられた
あなた今こすったでしょ


そんな、わたしは

赤ん坊を大事にしすぎた反動が現れたのはこのころだった

街をすれ違ったり家にいるだけでも何かと他人から責められる毎日

不幸ではない
しかし、彼女の精神が疲弊してきた

ある日

散歩一緒にしていると桃の花が綺麗に咲いてきた

あらきれいね
そう漏らしてしまうと赤ん坊はついおしゃぶりを外し

一生懸命母親にあれが欲しいと訴えた
彼女は優しかったから
赤ん坊の最初の願いを聞いてあげることにした

いつもは絶対に放さない手押し車を彼女はつい離し
一枝をちぎって持ってくることにした




。。。。


いつものように赤ん坊は待っていた



お待たせ
取ってきたよ
誇らしげに見せると既に赤ん坊の姿はなかった

温もりも存在も確かに感じるのにそこにはいなかった

泣き崩れた彼女は
心に誓った
もう二度と自分の心の弱さを許さないと



漆黒の闇
柔らかい布団
丸まった姿勢

これがあればいい

白く塗りつぶされた俺の顔
今は何ものでもない

突然目が覚めた

1DKの寝室兼リビングルーム

突然お腹が鳴る
何もしてはいないけれど腹時計は正確に鳴る

何か食べるものはないかと冷蔵庫をあさる
少しの調味料しかない

こんなとき
誰か一緒に食べてくれる人がいれば



そう感じる
だって友達はいないから

本当に優しくされると涙が出る
心が凍てつく寸前だった

自分の扉を開ける寸前までは

孤独は時に救いようのない絶望を産む
うなだれるしかない

ベッドで布団を覆いかぶさるようにまた被った
何も今は聞きたくない
何も今は見たくない
あるのは悠久の時の流れだった

2010年6月10日木曜日

テンダーテンダー

ある男はぼんやりとしていた
嘘も平気ではつけないし騙すなんて頭もない
ましてや殺生なんて怖くてできない

良い人ではないけれど
どこか変わっている

白いカッターシャツに紺のジーパン
自分では一番にあっているシンプルな服装


今日も散歩をするが
なにかやりきれない気持ちでいっぱいだ

ゴミは見つけたらなるべく拾う

人と合うときは目線に気をつける

何気なく日常を過ごそうとしても
いつになくごった返してしまう頭の中


コンビニの募金箱にお金を投入して
その後会計のお金が足りなかったり


スーパーで正直に手にとった食品の賞味期限がきょうだったり

好きな人に何時までも自分の気持を言えなかったり

何かと上手くいかない人生を
彼は時々ふふふと笑う


その笑いからなのだろうか

どんなことをしても幸せになれるのかもと気づき始めた

幸せは自分からはこないという
しかし自分からそこに至れば
常に至福の時間と言うものはないだろうか


ミスや失敗を時にあっと声にだしてしまう
挫折で起き上がれない日々が続く

きっかけは
それらを許すことから

そしてそれを他人に向ければ優しくなれる
思いっきり後悔して
傷ついたはてに生み出された感情


彼にとって苦しみや痛みは決して意味のないことではなかった

考えるなら幸せというものは
苦しみ、辛さ、痛さ、絶望、失望、諸々の上に咲いた徒花ということになる

人生には波があるのだから
決して悲観ばかりが全てじゃないことが何となく理解できるようになったのだ。


いつかこの傷も癒える
そしてすべての感情が開放される時がくるだろう

2010年6月5日土曜日

Post

敵のマークを掻い潜るのが好きだった
誰にも寄せ付けない比類なきパターンとスピード、そしてパワー
俺のポジションはポスト
シュートを打つことはあまりなくとも味方のシュート筋を開ける役

ハンドボールはゴール前で如何に華麗に舞うかが見せどころだ
その瞬間は自分だけでいい
キーパーに弾かれてもついてなかったと思うだけでいいんだ


試合は行うにつれどんどん険しい敵が増えてくる
パターンを身につけよう
仲間との連携をもう一度練り直そう

考えることは沢山ある

それでも試合は楽しい
ドリブルで立て直すときでも
味方にパスをするときでもいつでも考えている
この時全てが幸せなときだ


放課後の体育館

独りゴール前でシュートの練習をする俺

ボールを脇に抱えて思いっきり汗をかいていた

よぅ
朝練の後は放課後で居残りか?

タッパが190センチはあろうかという日焼けのまぶしい男が立っていた
名前は加藤

独りの練習のほうが楽しくて
これは居残りなんてものじゃない

ポストにしちゃがむしゃらすぎるな
少しは監督や仲間と打ち解けろよ


お前のシュートの道筋を開けるとき
感慨深いんだ
何をやるにしてもオマエのことが少し理解出来ているような気がする
加藤
俺は羨ましいよ


いつもありがとう
そんな言葉がいつも思い浮かぶポジション
華麗なゴールには御膳立てもアシストも必要だ

明日の練習紅白試合だそうだ
前田
レギュラーを不動のものにするチャンスだぞ

あぁぬかりはないさ

以前気まぐれでシュートをはなったことがある
その時のキーパーの放つ眼光が忘れられない
あまりの鋭さに反らしてしまった
自分の素直なゴールに対する飢えを
もう素直なボールを放てない
それ以来道筋を開けるポストに専念しているのだが
いつだってゴールを狙える位置にいるのなら狙いたい
おれだってまだあの瞬間に喜びを感じたい
全ての結界から解き放たれその先へと進んだ世界

もう休めよ
体調は大事な日に備えた方がいい

汗が頭皮から吹き出している自分を見て加藤は言った

そうするよ
俺はイメージトレーニングに切り替えることにした